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先日カルガリーより帰国しました!日々の出来事・体験したことや思い出を写真とともに綴ります。


by chappyhappy86
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「無」に帰るということ

e0090591_1342850.jpgお気に入りの映画、ダライラマ14世の半生を書いた「クンドゥン」
その冒頭は幼少期のダライラマ14世、ハモが母親に自らの出生の日の様子を尋ねるところから始まりますが、そのシーンで効果的に使われているのがチベット仏教独特の鮮やかな砂曼荼羅。

初めて砂曼荼羅を知って以来、この神聖な儀式を実際にこの目で見てみたいという思いが強くあったのですが、この映画がそんな私の思いを決定づけたものでした。

そんな中、先日偶然にもこのチベット仏教における代表芸術、砂曼荼羅制作の儀式が護国寺で行われるとの情報をゲット!
またとない機会ということで、時間を作り会場に足を運んでまいりました。

今回の砂曼荼羅は現在ダライラマ14世の亡命先であるインドはダラムサラのギュト寺院より、僧侶6名を迎えて日本初公開となるバター彫刻の制作と同時に行われた非常に貴重なもの。
チベットでは、寺院が何らかの祈願をする際にその成就を願って行われるのがこの儀式の本来の目的であるのです。
ちなみに今回作成されたのは観音菩薩の浄土を表現した観音菩薩曼荼羅。
これを一週間(!)近くかけて制作し、その完成後に観音菩薩を砂曼荼羅に招き入れ祈願します。
その後観音菩薩には再度浄土にお戻りいただき、それによって再度抜け殻となった砂曼荼羅を破壇(はだん)の作法によって壊し、その砂を川に流すまでが一連の儀式となっています。

何十種類もの色の砂を使い分けて細かい曼荼羅の世界を仕上げて行くのは、想像どおりの気の遠くなるような地道な作業。
ゆえにこれを執り行えるのは数年に渡る厳しい瞑想修行を終えた僧侶の方のみだとか。

そこまでしてせっかく作成した聖なる曼荼羅をなぜ破壊して、その砂を川に流してしまうのか。
そこには「すべては無常であり、空である」という仏教の教えが込められているからなのです。
またこの破壇の作法をチベット語ではシックと言い、その意味するところは「壊す」という以外に「そのものが本来在るべき場所に戻す」という意味もあるとのこと。
心に染み渡る重厚な声明が唱えられたあとに、見る影もなく壊されてしまった美しい曼荼羅を見て、「地球の長い歴史からしてみれば、一人の人間の一生もこのような刹那的な儚いものなんだよなぁ。」とふと思いました。

e0090591_0272210.jpg破壇の作法が完了した後は15分ほど歩いて近くの神田川まで。
写真のように6名の僧侶の方の後に連なって、何十人もの人が音羽通りを歩いて行く様子を見た一般の人達は何事かとびっくりしたに違いない(笑)。

それにしてもチベット人のお坊さんたちは神田川のあまりの汚さに何を思ったのだろうか。。。
最近忙しく心に余裕がない日々が続いていたので、このような貴重な儀式に立ち会えたことでそんな私の心の毒も砂とともに流されていくような気がしました。
またこの日は最終日だったので、今回使われた貴重な砂がお守りとして来場者全員に少しづつ配られました。
余談ですが、3ヵ月後の11月にはダライラマ14世ご自身が来日し、再び国技館にて「やさしい心」というテーマの貴重な公演をされるそう。
ということで私のチベット熱はまだまだ続きます!

e0090591_0273759.jpg←本日いただいた貴重な砂。これは大理石を細かく砕いてあるものだそう。それと帰ってから思わず読み返した「COYOTE」のチベット特集号。
6年前にダラムサラまでのクーデター的亡命を果たすという衝撃的なニュースによって一躍時の人となったカルマパ17世へのインタビュー記事も掲載されてます。その亡命もまたダライラマ14世同様、脈々と受け継がれてきた伝統を守るための決死の旅だったのです。

・砂曼荼羅の制作課程をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。

by chappyhappy86 | 2006-08-06 00:22 | culture